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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)69号 判決 1999年6月08日

神奈川県藤沢市湘南台1丁目1番地21

原告

元旦ビューティ工業株式会社

代表者代表取締役

舩木元旦

訴訟代理人弁護士

増岡章三

増岡研介

片岡哲章

同弁理士

早川政名

長南満輝男

細井貞行

石渡英房

大阪市中央区南本町4丁目1番1号

被告

株式会社淀川製鋼所

代表者代表取締役

柴田藤祐

訴訟代理人弁理士

鈴木秀雄

主文

特許庁が平成9年審判第486号事件について平成9年12月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「横葺き用屋根板」とし、昭和57年5月7日に実用新案登録出願(実願昭57-65713号の分割出願である実願昭63-76380号)、平成5年12月15日に設定登録された実用新案登録第1995858号考案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。被告は、平成9年1月9日に本件考案に係る実用新案登録の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第486号事件として審理した結果、平成9年12月26日に「登録第1995858号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本を平成10年2月12日に原告に送達した。

2  実用新案登録請求の範囲

水平部の前端に緩い傾斜部を連続させ、傾斜部の前端に係止部を、水平部の後端に係合部を形成した屋根板において、上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け、上記係合部には、上り傾斜部分の上端部分から前端側の斜下方に延びる下り傾斜部分を形成し、該下り傾斜部分の下端部分を前記水平部の上面と上り傾斜部部分(判決注・傾斜部分の誤記と認める。)の上端とのほぼ中程の高さに位置させ、前記水平部の上面と係合部の下面との間に、両傾斜部分の内面及び水平部の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する水切用空部を形成すると共に、前記下り傾斜部分の下端部分には、係合部内に向かって延び、前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記水切用空部の高さのほぼ中程に位置し、棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設けてなる横葺き用屋根板。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別添審決書の理由の写のとおりである。以下、実願昭53-74652号(実開昭54-177030号)の願書、明細書及び図面(審決の甲第4号証、本訴の甲第6号証)を「引用例1」、実願昭55-108287号(実開昭57-32430号)の願書に添付された全文明細書及び図面(審決の甲第2号証、本訴の甲第4号証)を「引用例2」という。引用例1については別紙図面2参照。

4  審決の取消事由

審決の理由のうち、本件考案及びその要旨の認定、請求人(被告)の主張及び審決の甲第2号証(引用例2)の認定(2頁2行目から5頁14行目まで)は認める。同審決の甲第4号証(引用例1)の認定のうち、5頁15行目から6頁13行目の「形成され、」までは認め(ただし、6頁9行目ないし10行目の「水平な金属板」は、正確には「平板上の金属板」である。)、6頁13行目の「この上横片」から8頁9行目までは争う。本件考案と引用例1記載の考案との一致点の認定(8頁10行目から9頁8行目まで)は争い、相違点の認定(9頁9行目から17行目まで)のうち、相違点2は認め、相違点1、3は争う。相違点の判断及び本件考案の容易推考性の判断(9頁18行目から11頁9行目まで)は争う。

審決は、空部及び折返部分に関して一致点の認定を誤り、相違点1ないし3の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(空部に関する一致点の誤認)

イ 屋根板におけるはぜ継ぎの部分に関し、接合端を平らに重ね合わせるものが平はぜであり、防水等のために空部が設けられ、相当の空間容量を有するものが角はぜである。引用例1記載の考案は平はぜに関する考案であり、本件考案は角はぜに関する考案である。引用例1記載の考案は、実用新案登録請求の範囲からも明らかなとおり、嵌合部も被嵌合部も断面略U字状とされているが、断面が略U字状でありながら隙間を大きくとれば、はぜ継ぎ部分は、いわばスカスカ、ガタガタになってしまう。したがって、引用例1記載の考案の嵌合部は、面接触しあっているはずであり、そうでなければ嵌合などできるはずがない。引用例1の図面は、説明のために模式的に描かれた図面にすぎない。

ロ 審決は、引用例1記載の考案について、「金属板(3)の上面と上横片(4)の下面との間には両傾斜部分の内面及び金属板(3)の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する空部を形成する」(7頁1行目から4行目まで)と認定した。しかし、「上り傾斜部分」、「下り傾斜部分」を凹所と理解した場合には、一体どの部分を上記「空部」と呼ぶのか理解に苦しむ。そして、「上り傾斜部分」「下り傾斜部分」の意味について「ほぼ水平な部分」をも含むと理解した場合には、凹所以外はほぼ水平である上横片(4)の下面と金属板(3)の上面との間に「下方前方が前端側に開放する空部」などは想定できないから、やはり審決は誤りである。この部分に若干空間(隙間)ができるはずだというような議論は、ためにする議論にすぎない。このような隙間は、技術的意味の空部ではないのである。

ハ 被告は、あたかも引用例1記載の考案が「パッキング材」(裏張り材)の存在を前提としているかのように主張する。しかし、引用例1記載の考案は、吊子を摺動させる考案である。ところが、裏張り材には、一般に発泡ポリエチレンが用いられるのであり、吊子の摺動部分に裏張り材を取り付けてしまうと吊子はスライドできない。したがって、引用例1記載の考案に裏張り材は用いられない。

(2)  取消事由2(折返部分に関する一致点の誤認)

審決は、引用例1記載の考案について、「前記下り傾斜部分の下端部分には、係合部内に向かって延び、前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記空部の高さのほぼ中程に位置し、棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設け」(9頁1行目から7行目まで)ていると認定した。しかし、そのような状態では嵌合できない。前記(1)イで述べたとおり、引用例1記載の考案の嵌合部は、面接触しあっているはずであるから、折返部分の切断端縁は係止部内面に接触せざるを得ないのである。

(3)  取消事由3(相違点1の判断の誤り)

仮に屋根板に傾斜部と水平部を設ける技術が周知技術であるとしても、それは角はぜに関するものである。しかし、引用例1記載の考案は、平はぜに係る考案であるから、傾斜部と水平部という発想自体が生じにくい。

(4)  取消事由4(相違点2の判断の誤り)

引用例1と引用例2は、解決しようとした技術的課題も、作用効果も全く異なる考案であるから、引用例1記載の考案に引用例2記載の考案の「下側彎曲部」を加えようとする発想は生じ難い。のみならず、引用例2記載の考案は、典型的な角はぜに関する考案であり、平はぜに関する引用例1記載の考案とは質的に異なる。

(5)  取消事由5(相違点3の判断の誤り)

引用例1記載の考案の空部は水切りの作用効果を奏しない。なぜなら、引用例1記載の考案の嵌合部は、前記(1)のイで述べたとおり面接触しあっているからであり、したがって、毛細管現象を防止することができないからである。これを端的に言えば、引用例1記載の考案は、平はぜ組みに係る考案だからということになる。毛細管現象を防止するために開発された角はぜ構造に関し、多くの特許も認められているにもかかわらず、引用例1記載の考案のような平はぜに若干生じうる隙間を角はぜの水切用空部と同視することは不当である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

イ(イ) 屋根板で屋根を葺く場合には、単に屋根板だけを組み合わせて下地材の上に置けばよいというものではなく、屋根板と屋根板との間の必要個所にはパッキング材(裏張り材)を入れて組み合わせ、更に、各屋根板を吊子を用いて下地材に固定することによって初めて、屋根板は固定的に嵌合されるのである。本件考案の屋根板の場合でも、そのような作業を伴わない状態では、屋根板同士は単に接触しているのみで、実質的には「ガタガタ」なのである。屋根板の鋼板同士が接触していなければ固定的に嵌合できないはずだというような主張は、およそ理由がない。

(ロ) 引用例1記載の考案の屋根板の施工の際には、被嵌合部(2)は、当然に屋根板に固定する吊子(7)で押さえられるものであるから、この部分が「ガタガタ」することはない。したがって、残る問題があるとすれば、すべての屋根板の嵌合において問題となるように、嵌合部(1)と被嵌合部(2)の間に生じる隙間からの雨水の侵入をどのようにしてよりよく防止するかということであろう。そのための手段として、両者の間にパッキング材が介在するように、「裏打ち材」を屋根板に貼着することもあり得るであろう。この裏打ち材は、吊子の摺動を妨げるものでない。

また、隙間を減らすために、嵌合部の垂下部分(別紙図面3の参考図1の1bの部分)を多少長くして、1aの部分が屋根板(3)に接触するような製品とすることもあり得るであろう(別紙図面3の参考図2参照)。このような接触状態とすることは、周知慣用の施工手段であり、また、引用例1記載の考案の屋根板をそのような形状とすると、その嵌合状態は、1aの部分が彎曲していない点を除いては、本件公報の図面の嵌合状態と酷似したものとなる。

このように、引用例1記載の考案の屋根板の嵌合に際して隙間を減少させる手段は、引用例1記載の考案の実施態様の範囲内において様々な態様がありうるのであって、原告主張のように、係止片(9)を嵌合部(1)の内面に接触させなければ施工できないなどという必然性は全くない。

(ハ) 更に、引用例1の第2図では、仮にその図から吊子7を除外してみても、嵌合部(1)の内側は、被嵌合部(2)の上端及び左端とほとんど接触に近い状態で描かれている。引用例1の図面自体が、原告のいう程に全面的な「スカスカ」状態で描かれているわけではない。

ロ 審決は、引用例1記載の考案について、三角形状の凹所(5)の上端から折返部分(係止片(9))の形成個所までの部分を「下り傾斜部分」、凹所(5)の右側とその延長部分を「上り傾斜部分」と認定したものである。引用例1記載の考案の屋根板では、「上横片(4)」の先端(左側端部)は「略U字状」に折り返されるのであるから、「U字状」形成部分に若干の下降高さが生じることは当然である。したがって、審決も、凹所(5)から水平部分を経てそのようなU字状部分の下降高さの下端までを、「下り傾斜部分」と認定したものと解される。

原告は、引用例1記載の考案の屋根板の被嵌合部(2)に、「下方前方が前端側に開放する空部」が存在しえないかのように主張する。しかし、引用例1の図面では、凹所(5)の上端から係止片(9)の形成個所の部分に至るまでの「下り傾斜部分」及び凹所(5)の右側及びその延長部分によって形成される「上り傾斜部分」と、金属板(3)の上面との間には、係止片(9)の形成個所の部分よりも下方の大きな開口(すなわち、被嵌合部(2)の前端側の開口)を有するところの大きな空間(空部)が存在している。

(2)  取消事由2について

前記(1)イで述べたとおり、引用例1記載の考案においては、係止片(9)と係止部内面とが接触しなければ嵌合ができないというものではないから、原告の主張は、その前提自体が誤りである。

(3)  取消事由3について

原告は、角はぜ形式の屋根板において、屋根板に「傾斜部」と「水平部」を設けることが周知であったとしても、引用例1記載の考案の屋根板は平はぜのものであるから、傾斜部と水平部を設けることは容易ではない旨を主張する。しかし、同じメーカーによって製造されている角はぜの横葺屋根板と平はぜの横葺屋根板が、相互の技術置換を困難ならしめる程に離れた技術分野であるとは到底考えられない。また、そもそも、引用例1記載の考案の屋根板が平はぜのものであるという根拠は何もないから、原告の主張は理由がない。

(4)  取消事由4について

屋根板において、係止部の下面に山状に屈曲する部分を設けることは、単に引用例2に記載されているにとどまらず、本件考案の出願時においては周知慣用の技術である。これを考慮すれば、引用例2記載の考案の屋根板の「下側彎曲部」を同じ金属板からなる横葺用屋根板に属する引用例1記載の考案の屋根板に適用することが極めて容易であることは明らかであり、明細書に文章として記載されている考案の目的が相違することは、上記のような適用をなんら阻害するものではない。しかも、本件考案の目的のうち、雨水の浸入防止の点は、引用例1記載の考案が屋根板に関する考案である以上、当然に内在している目的であり、山状に屈曲する部分の形成は、まさに両者が当然に共有する上記の目的に関わる技術事項である。

(5)  取消事由5について

引用例1記載の考案が「平はぜ」のものであると解すべき根拠はないから、これを前提とする主張は理由がない。

なお、嵌合部に面接触部分が存在する屋根板が必ず「平はぜ」であるわけではなく、また、「角はぜ」の屋根板の嵌合部にはすべて面接触部分がないというわけでもない。要するに、面接触の観点からすれば、一般的に、「角はぜ」のものは「平はぜ」のものよりも面接触部分が少なくなるということに止まるのである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  甲第3号証の1(本件公告公報)、同号証の3(平成4年8月7日付手続補正書)によれば、本件明細書には、本件考案について、次のとおりの記載があることが認められる。

1  「この考案は傾斜部の前端に係止部を、水平部の後端に係合部を設けた屋根板において、上記係合部の先端に斜め上方へ向く折返部分を設けて雨水が屋根裏に浸入するのを確実に防止するとともに、係止部と係合部との嵌合状態において折返部分の後端の切断端縁が棟側に隣接する屋根板の係止部に接触して塗装などの保護被膜が破損し、金属素面が露出して電蝕作用により穿孔し、水切用空部内に多量の雨水が流入して屋根裏に浸入するのを防止するようにした横葺き用屋根に関するものである。」(本件公告公報1欄14行目から24行目まで)

「従来からある屋根板は前記現象のうち、前記した機能の内、一部については充分に耐えらるが、残りの一部について耐えられない場合がある。例えば雨水の毛細管現象発生防止や耐圧強度が充分であっても雨水が吹き込んだり強風時に捲れ上るものもあるし、毛細管現象の発生防止や強風時の捲れ上り防止が確実であっても暴風雨時に雨水が吹き込むものがある。本考案は上記に鑑み提案されたもので、屋根板として充分な機能を発揮すると共に、特に暴風雨時に屋根板の接続部分から雨水が吹き込んで屋根裏に浸入するのを防ぐし、また軒先側の屋根板と棟側の屋根板とを両屋根板の係合部と係止部とで嵌合して屋根として葺いた状態において、季節変化による温度差の伸縮、風や雨その他の原因で屋根板が長さ方向に微動しても塗装被膜等の保護被膜が破損することがなく、金属素面の露出部分で発生する電蝕等による穿孔を確実に防止するようにしたものである。」(同2欄18行目から3欄9行目まで)

2  本件考案は、実用新案登録請求の範囲記載の構成を備える。(平成4年8月7日付手続補正書別紙の3行目から末行まで)

3  「本考案では前記したように屋根を葺いた状態であっても係合部の切断端縁が係止部の内面に接触していないので塗装被膜を剥離することがないし、強風で屋根板が浮き上ったり、作業員が屋根面を歩いて荷重が加わった場合でも、係合部の折返部分が水平部に対してほぼ平行に屈曲しているので、先端の切断端縁が係止部の内面に接触することなく、下り傾斜部分の下端部分が係止部の内面と接触するだけであるので、塗装被膜が剥離して金属素面が露出することがない。したがって長期間経過しても上記した電蝕作用を生じることがなく係止部に穿孔しないので、水切用空部に多量の雨水が流入しないし、屋根裏にまで浸入させるようなことがなく、長期間有効に屋根の機能を果たすものである。」(本件公告公報6欄16行目から30行目まで)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  まず、取消事由2について検討する。

(1)  審決は、引用例1記載の考案について、「略中央の長手方向に亘って上方に突曲して下面に凹所(5)を形成した部分(これにより上り傾斜部分と下り傾斜部分が形成されている。)」(6頁14行目から17行目まで)として、あたかも上記凹所を形成する部分のみを上り傾斜部分と下り傾斜部分であると認定したかのように説示する。しかし、仮にそうだとするならば、上記下り傾斜部分の下端部分には、上横片の一部であるほぼ水平な部分が設けられているのであって、「係合部内に向かって延び、前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記空部の高さのほぼ中程に位置」する「折返部分」が設けられていないことは明らかであるから、審決は、この点で一致点の認定を誤った違法があるというほかはなく、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

(2)  しかしながら、審決が引用例1記載の考案について、下り傾斜部分の下端部分に折返部分が設けられていると認定していることからみれば、審決は、三角形状の凹所(5)の上端から折返部分(係止片(9))の形成個所までの部分を「下り傾斜部分」、凹所(5)の右側とその延長部分を「上り傾斜部分」と認定したものとも解されるので、これを前提として、更に検討することとする。

(3)  甲第6号証によれば、引用例1には、別紙図面2の第2図として、屋根板の嵌合状態において係止片(9)の端縁と棟側の屋根板の嵌合部(1)及び上記嵌合部(1)とその下方の金属板(3)との間にそれぞれ隙間があるかのように図示されていることが認められるので、この点について検討する。

イ 屋根板に対しては、積雪、強風等により、様々な方向からの荷重がかかることは当裁判所に顕著な事実である。そして、甲第38(「ビューティルーフ」のパンフレット(原告昭和55年11月ころ発行))、第39号証(「ビューティルーフ」のパンフレット(原告昭和59年6月ころ発行)によれば、甲第38号証刊行物には、「風速テストでは噴上荷重450Kg(風速80m)に、水密テストでは風速60mにそれぞれ耐え、・・・積雪試験ではm2当たり3.5トン(積雪7m)に異常なしとの結果が得られています。」、甲第39号証刊行物には、「強さの秘密はハゼ形状にあり・・・図のように4つの支点(A・B・C・D)で強力な弾力によってルーフユニット同士を頑丈に接続します。踏んでもつぶれず、強風にもびくともしません。」との記載があることが認められ、上記記載によれば、積雪や強風により屋根板にかかる荷重は大きなものであるため、金属屋根板の場合には、その荷重に耐えるために屋根板同士は接触点、接触面や挟着構造を有するなどして接続されているものと認められる。

ロ 甲第35号証(船木元旦出願に係る昭和54年6月4日付実用新案登録願並びに同添付の明細書及び図面)によれば、同明細書には、「第2図に示す如く、・・・嵌合状態にあって、係止部3aの下面部3cの先端縁は係合部3b中に単に刺し込まれるのみで特に圧着又は引っ掛け等により係止される構成ではなく、かつまた・・・係合部3aの下面部3cを抑止する弾性力が不十分で、暴風等による大きな風圧が嵌合部分に加わった場合、面板3が上下に激しく揺動しこれに伴って係止部3aの下面部3cが抜けぎみになり、この緩んだ嵌合部分に更に風圧が作用して係合部3bの受部3eが反り上がって拡開し遂には面板3が剥離するという欠点があった。」(3頁4行目から4頁1行目まで)との記載があることが認められ、上記記載によれば、係止部の先端縁が係合部に差し込まれていても、大きな風圧が嵌合部分に加わった場合は面板が激しく揺動することが認められる。

ハ ところが、別紙図面第2図の嵌合状態が、係止片(9)の端縁と棟側の屋根板の嵌合部(1)との間及び上記嵌合部(1)とその下方の金属板(3)との間にそれぞれ隙間があるものとすれば、屋根板が強風による大きな風圧等の荷重を受けた場合には、嵌合部、特に、棟側の屋根板の嵌合部(1)が上下の隙間の間を激しく揺動して上方の係止片(9)や下方の金属板(3)に衝突して、騒音が発生したり、嵌合部が外れたり、破損したりするため、屋根板としての実用に耐えないものと認められる。

ニ 一方、甲第18(実公昭53-20895号公報)、第19号証(実公昭56-48812号公報)、乙第12号証(原告代理人ら作成の別件事件の準備書面)によれば、屋根板の嵌合状態を図示して説明する際に、正確に描いたのでは線が混み合ったり、屋根板の連続・不連続が分かりにくいため、実際には屋根板同士が接触している箇所について隙間を空けて記載することがあることが認められる。

ホ 以上の事実に実用新案登録願書添付図面が設計図のような厳密さを要求されているものではないことを考慮すれば、別紙図面第2図は、嵌合状態を分かりやすく説明するために、屋根板同士が接触している箇所についても隙間をあけて記載しているものであって、実際には、引用例1記載の考案の嵌合状態においては、係止片(9)の端縁と棟側の屋根板の嵌合部(1)及び嵌合部(1)とその下方の金属板(3)は、積雪や強風に耐えられるようにそれぞれ面接触しあっているものと認められる。

そうすると、引用例1記載の考案においては、棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、折返部分である係止片(9)の後端の切断端縁は棟側の屋根板の嵌合部の内面に接触しているというべきであるから、「棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設け」を一致点とした審決の認定は誤りというほかはない。

(4)  もっとも、被告は、パッキング材の使用及び吊子を用いた固定により、引用例1記載の考案において、隙間があっても固定的に嵌合できる旨主張する。しかし、甲第6号証によれば、引用例1記載の考案は、吊子を被嵌合部(2)の上横片の凹部に嵌入して摺動自在としたものであることが認められるところ、不用意にパッキング材を入れた場合には、上記摺動ができなくなることは明らかである。しかるに、引用例1には、パッキング材に関する記載は全くないから、引用例1記載の考案が、パッキング材を入れる趣旨で係止片(9)の端縁と棟側の屋根板の嵌合部(1)との間及び上記嵌合部(1)とその下方の金属板(3)との間にそれぞれ隙間をあけているものと解することはできない(なお、上記隙間にパッキング材を入れた場合には、引用例1記載の考案の「空部」は、パッキング材があるために水切りの作用効果を奏しないものと認められる。)。また、甲第6号証によれば、引用例1記載の考案において、吊子は被嵌合部(2)を固定しているにすぎず、嵌合部(1)の上下動を抑制するものではないと認められる。したがって、被告の主張は採用することができない。

(5)  また、被告は、引用例1記載の考案において、隙間を減らすために、嵌合部の垂下部分を多少長くして、1aの部分が屋根板(3)に接触する別紙図面3の参考図2のような製品とすることもありうる旨主張する。しかし、別紙図面3の参考図2のような製品は、嵌合部(1)が上方に移動することを妨げる構造にはなっておらず、強風による大きな風圧等を受けた場合には、棟側の屋根板の嵌合部(1)が上方の係止片(9)に衝突し、反動で下方の金属板(3)に衝突するなど、激しく揺動するものであると認められるから、やはり、屋根板としての実用に耐えるものとは認められない。なお、本件考案の実施例の嵌合状態は、端縁部9付近が上り傾斜部5によって押さえられているため、下面部8は上方へ移動できない構成となっているのであって、別紙図面3の参考図2のものとは異なるものである。したがって、被告の主張は採用することができない。

2  取消事由5について

甲第3号証の1によれば、本件公告公報には、「水切用空部・・・がそのまま残存するので、・・・雨水が毛細管現象により屋根裏に侵入することがない。」(4欄24行目から28行目まで)との記載があることが認められ、上記記載によれば、「水切用空部」とは、屋根板の接続部分から雨水が毛細管現象により屋根裏に浸入するのを防ぐための空部をいうものと解される。

引用例1記載の考案の嵌合状態においては、係止片(9)の端縁と棟側の屋根板の嵌合部(1)及び嵌合部(1)とその下方の金属板(3)は、それぞれ面接触しあっていることは、前記1(3)ホの認定のとおりである。そうすると、引用例1記載の考案に上り傾斜部分と下り傾斜部分の各内面と金属板(3)の上面とでほぼ囲まれた箇所に空部があるとしても、嵌合状態においては、金属板(3)は嵌合部(1)と、嵌合部(1)は係止片(9)とそれぞれ接触して上記空部の中にあるから、上記空部は、非常に狭くなっており、毛細管現象により雨水が浸入するのを防げるほどの大きさがあるものとは認められない。したがって、引用例1記載の考案の空部が水切りの作用効果を奏することは自明なことであるとした審決の認定判断は、誤りであるといわざるを得ない。

3  以上のとおりであるから、審決は、「棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設け」との点の一致点の認定及び相違点3の認定判断を誤った違法があり、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

したがって、審決は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年5月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

図面の簡単な説明

図面は本考案の実施例を示すもので、第1図は斜視図、第2図は連結状態の断面図である.

1……屋根板、2……水平部、3……傾斜部、4……係止部、5……係合部、11……上り傾斜部分、12……上端部分、13……下り傾斜部分、14……下端部分、17……折返部分、18……切断端縁。

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

理由

本件登録第1995858号考案(以下、「本件考案」という。)は、昭和57年5月7日(実願昭57-65713号の分割出願)に実用新案登録出願(実願昭63-76380号)され、平成2年9月14日に実公平2-34327号公報として出願公告され、平成5年12月15日に設定の登録がされたものであって、本件考案の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの

「水平部の前端言に緩い傾斜部を連続させ、傾斜部の前端に係止部を、水平部の後端に係合部を形成した屋根板において、上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け、上記係合部には、上り傾斜部分の上端部分から前端側の斜下方に延びる下り傾斜部分を形成し、該下り傾斜部分の下端部分を前記水平部の上面と上り傾斜部部分の上端とのほぼ中程の高さに位置させ、前記水平部の上面と係合部の下面との間に、両傾斜部分の内面及び水平部の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する水切用空部を形成すると共に、前記下り傾斜部分の下端部分には、係合部内に向かって延び、前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記水切用空部の高さのほぼ中程に位置し、棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設けてなる横葺き用屋根板。」にあるものと認める。

これに対して、請求人は、本件考案の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、

甲第1号証の1 実公平2-34327号公報、

甲第1号証の2 平成3年7月19日付手続補正書、

甲第1号証の3 平成4年8月7日付手続補正書、

甲第2号証 実願昭55-108287号(実開昭57-32430号)の願書に添付された全文明細書及び図面、

甲第3号証 実公昭56-48812号公報、

甲第4号証 実願昭53-74652号(実開昭54-177030号)の願書、明細書及び図面、

甲第5号証 「意見書」(本件実用新案の原出願の出願中に提出された昭和63年6月10日付の意見書)

甲第6号証 実公昭63-46577号公報(本件実用新案の原出願の公告公報)

を提出し、

本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である前記甲第2号証乃至甲第4号証に記載された考案に基いて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、きわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定に該当し、本件考案の登録は無効とすべきものであると主張している。

そして、甲各号証のうち、甲第2号証には「屋根等の面材」(第2頁第3行)、「上縁に…係合部3を、下縁に…係止部4を設けた面材5」(第2頁第8行~第11行)、「面材8」(第4頁第15行)、「その上の段に敷設される他の面材8の下縁係止部9の下側湾曲部9aを弾性的に挿し込み係止させ、」(第6頁第5行~第7行)が記載され、図面の第1図には面材5が、第2図には係止部4と面材5及びこれらの係止状態を示す断面図が、第3図には面材8が、第5図には下側湾曲部9aが図示されている。この記載からみて、甲第2号証には下縁係止部9の下面部に山状に屈曲する下側湾曲部9aが設けられ、水平部の前端に緩い傾斜部を連続させ、傾斜部の前端に係止部を、水平部の後端に係合部を形成した屋根用の板が記載されていると認められる。

又甲第4号証には「本考案の金属屋根板は…金属板(3)の前後両端部を夫々長手方向全長に亘って折り返して形成され…金属板(3)前端を全長に亘って下方へ略U字状に折り返してできる嵌合部(1)を第2図に示すように下段に位置する金属板(3)後端を全長に亘って上方へ折り返してできる被嵌合部(2)に被嵌して連結される…被嵌合部(2)を形成する上横片(4)の略中央は長手方向に亘って上方に突曲して下面に凹所(5)を形成してあり、更に上横片(4)の先端には下方へ略U字状に折り返してできる係止片(9)が長手方向の全長に亘って設けてある。」(第2頁第13行~第3頁第8行)が記載されている。又図面の第1図及び第2図には横葺き用屋根板が図示されており、この屋根板の水平な金属板(3)後端(図の右端)は、上方へ折り返された部分と水平な上横片(4)と上横片(4)の先端を下方へ略U字状に折り返された係止片(9)からなる被嵌合部(2)が形成され、この上横片は図の右から左に向かってほぼ水平な部分、略中央の長手方向に亘って上方に突曲して下面に凹所(5)を形成した部分(これにより上り傾斜部分と下り傾斜部分が形成されている。)、ほぼ水平な部分からなること、この下り傾斜部分の下端部分は金属板(3)と上横片(4)の上り傾斜部分の上端部分とのほぼ中程の高さに位置すること、金属板(3)の上面と上横片(4)の下面との間には両傾斜部分の内面及び金属板(3)の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する空部を形成すること、折り返された係止片(9)は図の左から右に向かって金属板(3)に対しほぼ平行に屈曲して空部の高さのほぼ中程に位置していること、屋根板の嵌合状態において係止片(9)の端縁が棟側の屋根板の嵌合部(1)内面に接触しない折返部分を設けてなることは、いずれも図面からみて明らかである。さらに平成9年11月25日に特許庁審判廷で実施した口頭審理での陳述、及び本件無効審判事件の請求人、被請求人双方から提出された口頭審理陳述要領書の内容を併せて検討してみると、甲第4号証には、前端に嵌合部を、後端に被嵌合部を形成した水平な屋根板において、被嵌合部には、上り傾斜部分の上端部分から前端側の斜下方に延びる下り傾斜部分を形成し、該下り傾斜部分の下端部分を屋根板の上面と上り傾斜部分の上端とのほぼ中程の高さに位置させ、屋根板の上面と被嵌合部の下面との間に、両傾斜部分の内面及び屋根板の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する空部を形成し、下り傾斜部分の下端部分には被嵌合部内に向かって延び、屋根板に対しほぼ平行に屈曲して空部の高さのほぼ中程に位置し、棟側に葺く屋根板の嵌合部と軒側に葺く屋根板の被嵌合部との嵌合状態において係止片の端縁が棟側の屋根板の嵌合部内面に接触しない折返部分を設けてなる横葺き用屋根板が記載されていると認められる。

つぎに、本件考案と甲第4号証に記載された考案とを対比すると、両者は「前端に係止部を、水平部の後端に係合部を形成した屋根板において、上記係合部には、上り傾斜部分の上端部分から前端側の斜下方に延びる下り傾斜部分を形成し、該下り傾斜部分の下端部分を前記水平部の上面と上り傾斜部部分の上端とのほぼ中程の高さに位置させ、前記水平部の上面と係合部の下面との間に、両傾斜部分の内面及び水平部の上面でほぼ囲まれて下方前方が前端側に開放する空部を形成すると共に、前記下り傾斜部分の下端部分には、係合部内に向かって延び、前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記空部の高さのほぼ中程に位置し、棟側に葺く屋根板の係止部と軒側に葺く屋根板の係合部との嵌合状態において、後端の切断端縁が棟側の屋根板の係止部内面に接触しない折返部分を設けてなる横葺き用屋根板。」の点で一致しており、次の各点で相違している。

1、 本件考案では屋根板の水平部の前端に緩い傾斜部を連続させたのに対し、甲第4号証に記載された考案では傾斜部がない点。

2、 本件考案では係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設けているのに対し、甲第4号証に記載された考案では水平な板である点。

3、 本件考案では空部が水切用空部であるのに対し、甲第4号証に記載された考案では用途が記載されていない点。

そこで、各相違点について検討すると、1の点は屋根板の分野において甲第2号証に記載されたように周知の手段であり、この周知の手段からその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が極めて容易になし得たことと認められる。また2の点についても屋根板の分野において甲第2号証に記載された下側湾曲部からその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が極めて容易になし得た構成上の選択事項にすぎないことと認められる。そして3の点は、本件考案の空部も申第4号証の空部も屋根板の嵌合部に設けられた空部であり、両者は同様な構造であることからみて、甲第4号証の空部も本件考案の空部と同様に水切りの作用効果を奏することは自明なことと認められ、両者の空部の作用効果に格別の差異は認められない。

さらに、本件考案の奏する効果も、甲第4号証及び甲第2号証に記載された考案の効果から、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が極めて容易に予想し得る程度のものである。

したがって、本件考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第4号証及び甲第2号証に記載された考案に基いて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、きわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定に該当し、同法第37条第1項第2号の規定により、その実用新案登録は無効とすべきものである。

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